YOUTUBE SCRIPT SAMPLE — 怪談朗読/一人称・実話風

離れの八番
〜誰もいないはずの部屋から、内線が鳴る〜

自主制作サンプルです。クライアント案件ではありません。全編フィクションで、実在の人物・団体・施設とは関係ありません。本ページはフル尺の全文を掲載しています。
ジャンル怪談朗読(一人称・実話風)
想定尺約12〜15分(フル尺・全文掲載)
文字数本文実測 4,505字
書式話者セリフ/場面テロップ(詳細のテロップ・図解指示は収録用シート側)

この台本で見ていただきたいところ

テロップ:「夜中の声」

ナレーションすいません。布団まだですか。
ナレーション午前一時の内線電話。この一言から全部始まったんだ。
ナレーションいや違うな。本当はもっと前から始まってた。
ナレーション俺が気づかなかっただけで。
ナレーションいまだに夜中の電話が苦手なのは、この夏のせいなんだ。

テロップ:「大学二年の夏」

テロップ:「山の旅館」

ナレーション大学二年の夏休み。俺は住み込みのバイトに行った。
ナレーション山あいの小さな温泉旅館。最寄り駅からバスで四十分。
ナレーション客室は全部で十二。従業員は女将さんと板前さん。あとはパートの節子さんって人がいた。
ナレーション仕事は単純だった。布団敷きと配膳と風呂掃除。それと夜のフロント番。
ナレーション朝は六時起き。米を研いで、掃除機をかけて、大浴場の湯温を測る。
ナレーション昼過ぎに二時間の休憩。夕方からは配膳と布団敷き。
ナレーション夜のフロントは楽だった。十時を過ぎたら客はほぼ来ない。内線が鳴ったら出る。それだけ。
ナレーションフロントには古い柱時計があった。
ナレーション夜中はその針の音と、遠くの川の音しかしない。
ナレーション最初の頃はその静けさが気持ちよかった。
ナレーション東京のワンルームじゃ絶対に手に入らない静けさ。
ナレーション夜食の握り飯を食いながら、贅沢なバイトだなって思ってた。
ナレーションあれが怖さに変わるなんて思ってもいなかった。

テロップ:「旅館の人たち」

ナレーション女将さんは六十くらいの小柄な人だった。
ナレーションよく笑うし、よく食わせてくれる。
ナレーションまかないの量がとにかく多くて、断っても大盛りにされた。
ナレーション板前さんは無口。おう。あがっていいぞ。一日の会話はその二回だけ。
ナレーション節子さんは五十代のパートさん。この土地の生まれで、旅館歴は二十年。
ナレーション俺に仕事を教えてくれたのはほとんどこの人だった。

テロップ:「初日の夜」

ナレーション初日の夜。女将さんが館内を案内してくれた。
ナレーションフロントの内線は各部屋と繋がってる。着信表示の番号で、どの部屋からかが分かる。
ナレーション本館の奥に渡り廊下があった。その先に古い平屋が見える。
ナレーション渡り廊下の電気は消えたままだった。
ナレーションあれは離れですか。
ナレーション俺が聞くと女将さんは足を止めずに言った。
ナレーション今は物置。掃除もしなくていいから。入らなくていいからね。
ナレーション入らなくていい。
ナレーション入るな、じゃないんだ。いい、って言い方だった。
ナレーションそのときは何とも思わなかった。

テロップ:「布団の敷き方」

ナレーション二日目の朝。節子さんに布団敷きを教わった。
ナレーションシーツの角はぴんと張る。掛け布団は襟元を折り返す。
ナレーション枕は入口に背を向けない向きに置く。
ナレーション仕上げに枕元へ小さく一礼する。誰も見てなくても。
ナレーション適当にやったら全部やり直しをくらった。
ナレーションたかが布団じゃないですか。
ナレーション俺が口を尖らせると、節子さんは手を止めた。
ナレーション布団はね、お客さんの一晩を預かるものなの。
ナレーションたかが、なんて言うもんじゃないよ。
ナレーション妙に真剣な言い方だった。
ナレーションそれからは毎日、十二部屋ぶんの布団を敷いた。
ナレーション一週間もすると、シーツの角が一発で決まるようになった。
ナレーションそのときは、仕事に誇りを持ってる人なんだなとしか思わなかった。
ナレーション違ったんだ。
ナレーションあの人はこの旅館で、布団が何を意味するかを知ってた。

テロップ:「塗りつぶされた番号」

ナレーション違和感に気づいたのは三日目だった。
ナレーションフロントの内線電話の横に部屋番号の一覧表が貼ってある。
ナレーション一番から十二番。手書きの古い表。
ナレーションその一番下。十二番の下にもう一行あった。
ナレーション黒いマジックで塗りつぶされてる。何度も塗り重ねた跡。
ナレーション暇だったんだろうな。俺は表を剥がして蛍光灯に透かした。
ナレーション下の数字がうっすら読めた。
ナレーション八。
ナレーションおかしいだろ。八番の部屋は本館の二階にちゃんとある。
ナレーション昨日も布団を敷いた。客も泊まってる。
ナレーションじゃあこの塗りつぶされた八は何だ。
ナレーション節子さんに聞いてみた。
ナレーション彼女は表を見もしないで言った。
ナレーション昔の番号よ。離れが客室だった頃の。今は使ってないの。
ナレーションそれだけ言うと配膳に戻っていった。
ナレーションいつも世話焼きな人なのに、そのときだけ早口だった。
ナレーションもうひとつ気づいたことがある。
ナレーション節子さんは夜になると絶対に裏庭を通らない。
ナレーション裏庭を突っ切れば従業員部屋まで一分。渡り廊下と離れの前を通る近道だ。
ナレーションなのに毎晩ぐるっと表玄関から回る。
ナレーション雨の日も傘をさして回ってた。
ナレーション遠回りですねって笑ったら、節子さんは笑わなかった。
ナレーションあんたも夜はこっちを通りなさい。
ナレーション理由は教えてくれなかった。
ナレーション板前さんにも一度だけ聞いてみた。離れって昔なんだったんですか。
ナレーション返ってきたのは一言だけ。
ナレーションやめとけ。
ナレーション何を、とは言わなかった。
ナレーションこの旅館で離れの話は、それきり誰にも聞けなくなった。
ナレーションそれから数日後の夜。従業員部屋に戻る途中だった。
ナレーション表玄関から回る道すがら、裏庭の向こうに離れの屋根が見える。
ナレーションその窓が一瞬、明るくなった気がした。
ナレーション豆電球くらいの、ぼんやりした橙色。
ナレーション目をこすったら消えてた。
ナレーション月明かりの反射。そう思うことにした。
ナレーション次の朝、それとなく節子さんに言ってみた。夜、離れの窓が光ってた気がするんですけど。
ナレーション節子さんは味噌汁をよそう手を止めた。
ナレーション見間違いよ。
ナレーションそれだけ。目は合わせてくれなかった。
ナレーションあの頃の俺は、そう思えるだけの余裕がまだあったんだ。
ナレーション聞けばよかった。確かめておけばよかった。
ナレーション全部あとから思うことだけど。

テロップ:「バイト最後の週」

テロップ:「八番の着信」

ナレーション八月の終わり。バイト最後の週だった。
ナレーションその夜の泊まり客は二組だけ。十一時には館内が静まり返った。
ナレーション俺はフロントで漫画を読んでた。
ナレーション最終週で気が緩んでたんだと思う。塗りつぶされた八のことも、もう忘れかけてた。
ナレーション山の夜は音がない。ページをめくる音だけが響く。
ナレーション時々、川の音が風に乗って届く。それくらいの夜だった。
ナレーション柱時計が一時を打った。
ナレーションその残響が消えた頃だった。
ナレーション内線が鳴った。
ナレーション一回。二回。三回。
ナレーション漫画を閉じた。
ナレーション着信表示を見た。
ナレーション八。
ナレーション八番さんか。トイレの場所でも聞きたいのかな。
ナレーションそのくらいの気持ちで受話器を取ったんだ。
ナレーションはいフロントです。
ナレーション一瞬、間があった。
ナレーション受話器の奥で、空気だけが動いてる。
ナレーションすいません。布団まだですか。
ナレーション男の声だった。低くて、かすれてて、どこか遠い。
ナレーション換気扇の向こうから話してるみたいな声。
ナレーションそれと、妙に丁寧だった。責めるでもなく、急かすでもなく。
ナレーションただ静かに、待ってる声だった。
ナレーション布団。
ナレーション八番の布団は夕方俺が敷いた。この手で敷いた。
ナレーションあの、敷いてあるかと思いますが。
ナレーションまだですか。
ナレーションこっちの言葉が届いてない。
ナレーション同じ調子で、同じ言葉を繰り返すだけ。
ナレーションわかりました。すぐ伺います。
ナレーションそう言って電話を切った。
ナレーション受話器を置いた手が汗ばんでた。
ナレーションおかしいな、とは思った。
ナレーションこのときはまだ、酔った客の勘違いだと思ってたんだ。
ナレーション予備の布団を持って二階に上がった。
ナレーション階段が一段ごとにきしんだ。
ナレーション廊下は非常灯だけ。緑色の薄明かり。
ナレーション自分の足音を殺して歩いた。なんでかは自分でも分からない。
ナレーション八番の前に立つ。
ナレーション部屋は真っ暗だった。耳を澄ますといびきが聞こえる。
ナレーション夫婦二人分の寝息。
ナレーション寝てる。
ナレーションじゃあ今の電話は誰だ。
ナレーションフロントに戻って着信履歴を確認した。
ナレーション何も残ってなかった。
ナレーション鳴ったんだ。確かに鳴った。俺は出た。声を聞いた。
ナレーションなのに履歴だけがない。
ナレーションかけ間違い。混線。寝ぼけてた。
ナレーション頭の中で言い訳を並べてたら、また鳴った。
ナレーション表示は八。
ナレーション今度は出なかった。
ナレーション出ちゃいけない気がした。
ナレーション受話器を見つめたまま動けなかった。
ナレーション電話は鳴り続けた。
ナレーション十回。二十回。
ナレーション同じ間隔で、同じ長さで、機械みたいに鳴り続ける。
ナレーション数えるのをやめた頃、ふっと止まった。
ナレーション静かになった館内で、俺は気づいてしまった。
ナレーション本館の八番は、電話じゃ俺を呼べなかったんだ。
ナレーション客は寝てる。履歴もない。
ナレーションじゃあ、どこの八番だ。
ナレーション目に入った。電話の横の一覧表。
ナレーション黒く塗りつぶされた八。
ナレーション離れ。
ナレーション電話線の抜けた、誰もいないはずの離れ。
ナレーション心臓が嫌な音を立て始めた。

テロップ:「渡り廊下」

ナレーション確かめなきゃよかったんだ。今ならそう思う。
ナレーションあのときの俺は懐中電灯を掴んでた。
ナレーション十九歳ってそういう生き物なんだよ。
ナレーション怖いより先に、確かめたいが来ちゃったんだ。
ナレーション渡り廊下に出た。
ナレーション窓の外は真っ暗で、山の稜線すら見えない。
ナレーション夜の山は本当に音がない。自分の足音だけがやけに響く。
ナレーションスリッパの底が板を叩く音。それしかしない。
ナレーション廊下の窓ガラスに自分の顔が映る。
ナレーションその顔の向こうに離れの影。
ナレーションガラス越しの離れは昼より近くに見えた。
ナレーション一歩進むごとに空気が冷えていった。
ナレーション八月だぞ。おかしいだろ。
ナレーション吐く息が白くなりそうなくらいだった。
ナレーション廊下の先。離れの引き戸。
ナレーション戸に手をかけた。指先が冷たくなってた。
ナレーション鍵はかかってなかった。
ナレーション息を吸って、戸を引いた。
ナレーション埃と黴のにおい。それと畳の古いにおい。
ナレーション懐中電灯で中を照らす。
ナレーション座卓。畳んだ座布団。段ボールの山。
ナレーションただの物置だった。
ナレーション息を吐いた。そりゃそうだよなって。
ナレーション部屋の隅に古い電話機があった。
ナレーション黒いダイヤル式のやつ。
ナレーション近づいてコードの先を辿った。
ナレーション抜けてた。
ナレーション壁の差込口から抜けて、埃をかぶって床に転がってた。
ナレーションこの電話は鳴らせない。かけられない。何年も前から。
ナレーションじゃあさっきの声は。
ナレーションそう思った瞬間だった。
ナレーション背中側で畳が鳴った。
ナレーションぎし。
ナレーション背中の産毛が全部立った。
ナレーション誰かが立った音じゃない。
ナレーション横になった音だった。
ナレーション布団に入るときの、あの音だった。
ナレーション動けなかった。
ナレーション金縛りとかじゃない。体が拒否してた。
ナレーション懐中電灯を握ったまま、振り返れない。
ナレーション耳のすぐ後ろで声がした。
ナレーション…
ナレーション敷いてくれたんですね。
ナレーション敷いてない。
ナレーション俺は何も敷いてない。
ナレーションでも振り返った先の畳には布団が一組敷いてあった。
ナレーション真っ白なシーツ。整えられた掛け布団。
ナレーションそして枕の凹みが、ゆっくり深くなっていくのが見えた。
ナレーション誰もいないのに。
ナレーションシーツの真ん中が、人の形に沈んでいく。
ナレーション掛け布団が持ち上がる。
ナレーション中に、誰かが入っていく。
ナレーションそこから先はよく覚えてない。
ナレーション懐中電灯を落とした音は覚えてる。
ナレーション裸足で渡り廊下を走ったのも、たぶん覚えてる。
ナレーション振り返っちゃいけない気がして、一度も後ろを見なかった。
ナレーション気づいたらフロントに戻ってて、朝まで館内の電気を全部つけてた。
ナレーション一睡もできなかった。
ナレーション夜が明けるまでの数時間、内線は一度も鳴らなかった。
ナレーション用は済んだ、って言われてる気がして。

テロップ:「翌朝」

テロップ:「女将さんの話」

ナレーション翌朝。朝食の片付けが終わるのを待って、女将さんに全部話した。
ナレーション内線のこと。声のこと。離れで見た布団のこと。
ナレーション話してる途中で気づいた。女将さんが少しも驚いてない。
ナレーションため息をひとつついて、隣の節子さんと目を合わせた。
ナレーションとうとう、と節子さんが小さく言った。
ナレーション離れは昔、湯治客用の八番客室だったそうだ。
ナレーション四十年前の夏の終わり。布団を頼んだ客が、忘れられたまま畳の上で冷たくなってた。
ナレーションそれから夏の終わりの夜に、八番から内線が鳴るようになった。
ナレーション出ると呼ばれるの。あんたみたいに。だから番号も塗りつぶした。線も抜いた。それでも鳴るのよ。
ナレーション俺の前にも夜番のバイトが何人か出たらしい。
ナレーションみんな受話器を取って、みんな辞めていった。
ナレーション離れまで行ったのはあんたが初めてよ。
ナレーション女将さんはそこで初めて俺の目を見た。
ナレーションそれで。布団は、敷いてあったの。
ナレーション敷いてあったと答えたら、女将さんはしばらく黙ってた。
ナレーションそれから小さく、そう、とだけ言った。

テロップ:「最終日」

ナレーションバイトの最終日。俺は誰にも言わず昼の離れに行った。
ナレーション日の光の中で見る離れは、ただの古い物置だった。畳の上に布団はない。
ナレーション帰り際、見送りに来た節子さんが言った。
ナレーションあんた、布団の敷き方だけは覚えて帰りなさい。
ナレーションはい、とだけ答えた。それ以上はお互い何も言わなかった。
ナレーション帰りのバスの中で気づいたんだ。
ナレーションあの夜、俺は最後まで布団を敷いてない。
ナレーションなのにあの声は言った。
ナレーション敷いてくれたんですね、って。
ナレーション敷いたのは俺じゃない。
ナレーションじゃあ誰が敷いたのか。
ナレーション答えは今もわからない。
ナレーションただ今でも、夜中の電話には表示を見てからじゃないと出られない。
ナレーション八じゃないことを、確かめてから。

注記

※全編フィクションです。実在の人物・団体・施設とは一切関係ありません。

※本作は怪談朗読動画向けの自主制作サンプル台本です。

本ページは書式・構成・調査の進め方をご覧いただくための自主制作サンプルです。収録用の詳細指示(情報テロップ・図解)はスプレッドシート側に分離しています。ご依頼の際は、ジャンル・尺・文字数・書式・出典の確認範囲のご指定に合わせて執筆します。